さんさろ

Webエンジニアの雑記&技術、たまにドイツ

両子寺に行って来ました

いい天気すぎて

この土日があまりに良い天気だったので、どこかに行きたいな……ということで、のんびり神社とお寺を巡って来ました。

本当は河津桜を県南の方に見に行きたかったんですが、時期が微妙だったようで、今回は見送りです……また来年。

 

春日神

土曜日は映画を見たり買い物したりしていたんですが、ずっと屋内だったので、折角のいい天気なのに勿体無い……と思い立ち、今住んでいる所のすぐ近くにある神社に行きました。

だーーいぶ遅い、初詣です(笑

http://www.kasuganomori.jp/

有名な神社さんがあるのは知っていて行こう行こうと思っていたのですが、結局今頃になりました。

土曜の昼間ですが、特にイベントがあるわけでもない境内は人もほとんどおらず、のんびりと境内を散歩することが出来ました。

と言っても、境内は歩けば10分もかからずに廻れるくらいの大きさなのですが、亀の居る池を眺めてぼーっとしてみたり、梅の木の上でひよひよ鳴いている2羽のうぐいすを梅と一緒に見上げてみたり、特に大したことはしてません。

していませんが、さわさわと風に吹かれて木が立てる音とか、たまに参拝者の声とか、たまに宮司さんの詔の声とかを聞きながら、ぼーっとするだけなんですけれども、なんとも言えず、癒やされました。

帰りに今年初のおみくじを引いたら末吉でつい笑ってしまいましたが(笑

 

両子寺、明礬のプリン、そして足湯

日曜日は、昼頃から国東へ出かけました。

大学の頃に一度国東の両子寺(ふたごじ)には来たことがあって、その時は留学生と一緒の団体行動だったのであまりのんびりとは見られず、いつかまたゆっくりと来たいと思っていたのでした。

車で1時間半くらいなので、ちょっとした遠出になりました。

拝観料は大人一人300円。参拝客の方もちらほら見えました。

これは護摩堂です。ホントにいい天気だった……。

多分お坊さんではないと思うんですが、護摩堂の中で経を上げている方がいて、私は浄土真宗なので、天台宗のお経?は耳馴染みが無く新鮮でした。

いつまでも聞いていられるなぁ……。どの宗派にしても、お経って好きです。聞いててどこかほっとするというか。何でですかね。

そういえば、リベンジとばかりにまたおみくじを引いたら、今度は大吉でした。やった…!!

両子寺はパンフレットを見てみると、境内は結構上の方まである様子で、まるで登山……という趣でしたが、ブーツで来ていたこともあって、中腹?くらいにある「奥の院本殿」までにしておきました。

今度来る時はスニーカーで来よう。

そして本殿の写真撮るの忘れました。あんまり素敵過ぎて…。

両子寺の境内はとても広くて、川なんかも流れていて、水のせせらぎを聞いてぼんやりしてました。癒やされます…。

 

帰りは明礬の岡本屋に寄ってプリンを食べ(ついでに2個持ち帰り)、鉄輪の市営の足湯でぼんやり湯けむりを眺め。

リフレッシュ出来た週末でした。

  

3.11 と言えば

最後になりましたが、今日は東日本大震災から7年となる日でした。

7年前のこの日、東京の会社で働いていた私は、皆で仲良く帰宅難民をしていたのを思い出します。16時ごろに会社を出て、新子安にある家に帰り着いたのは夜中の12時を回った頃でしたっけ。

金曜日だったのが幸いだったとは言え、月曜日は駅が入場制限かかっていて会社に辿り着いたのが昼過ぎていたり、輪番停電(のちに計画停電と言い換えられた)で結局早退して「何しに会社行った…?」って感じだったり、駅の自販機の照明が落とされていて、当時導入されて話題になっていた全面液晶の自販機が沈黙しているのを見て、なんとも言えない気持ちになったり……色々ありました。

ツイッターを初めたのも確かこの時でした。

兄が岩手の沿岸に住んでいましたので、震災直後にメールが一通母にあったそうですが、その後は全く連絡がつかず。2日経っても全然連絡がつかないので、父は「覚悟しておいた方が…」と言い出す始末で。

結局3日ほど経って、兄の友人の母親から我が家に、兄が無事であるとの連絡がありました。どうやら、兄の友人がかろうじて彼の母親と連絡が取れたようで、その際に兄が無事であることを家族に伝えて欲しいと言伝してくれたそうです。

兄の車は流されておじゃんになったそうですが、兄は丘の上の小学校に避難していて無事でした。流石に生きた心地がしませんでした。

そういえばこの時に、兄は奥さん(当時青森に居たので無事だった)とも連絡が付いていなかったらしいのですが、Google が当時やっていたパーソンファインダーという安否確認を登録出来るサービスに、私が「兄は無事、丘の上の小学校に避難中」であることを登録していて、それを兄の奥さんは見て、兄の無事を確認したということでした。

どこで何がつながるか分かりませんね。

インターネットの可能性について、全く違う視点から見ることにもなりました。

また、後に兄から避難生活の話などを聞いて、日頃からの備えの重要性を思い知りました。今でも、揺れて避難する際には持って出られるように、バッグに避難用具を入れたものを用意しています。

 

この日が来る度に思い出しますが、災害の多いこの国で生きている限り、他人事だと思わずに、災害に対する備えをするのが、とりあえず個人で出来ることなのかなあ、と感じる今日この頃です。

避難用リュックの中身、久しぶりに更新しようかな…。